SHAZAMの歴史とか、そもそもThe New 52とはなんぞや? といった説明から入るとややこしすぎるけど、そういう前提知識がない人でも純粋にヒーローものとして楽しめるのが今回紹介するジェフ・ジョンズが脚本、ゲイリー・フランクがアートを手がけるSHAZAM! の素晴らしいところ。

アメコミ好きはもちろん、アメコミ初心者にこそ読んで欲しい、ヒーローの力に目覚めるごく普通の少年を主人公とした楽しいクリスマス・ストーリーを紹介したいと思います。 _SS500_

もうひとつのクリスマス・キャロル

まずブログのタイトルにいきなり「もうひとつのクリスマス・キャロル 」とぶち上げてるんですがこれはどういうことか?

DCコミックでクリスマス・キャロルといえば、アメコミ好きなら小プロからも邦訳が刊行されている「バットマン:ノエル」 が記憶に新しいですね。
犯罪撲滅のためには時に冷徹に目的を遂行するバットマンをスクルージに置き換え、キャットウーマン、スーパーマン、ジョーカーをそれぞれスクルージの元に訪れる精霊になぞらえたやや変わり種の短編です。

The New 52 SHAZAM! は前述の作品のように明確にそうと謳っているわけではないのですが、 やはりディケンズのクリスマス・キャロルをオマージュしている部分が少なくないのではないかと読んでいて感じたので、今回はそういった切り口でレビューしてみます。

孤独な少年ビリーは現代のスクルージ

物語の主人公は15歳の孤児ビリー・バットソン

彼は物心ついた時から両親が行方不明で、児童養護施設といくつもの里親の家を転々とする生活を送るうち、すっかり心が捻くれ、無礼で反抗的な問題児になっていた。

クリスマスの数日前、新たな里親候補との面談では猫をかぶって取り繕っているものの、里子に行くことが決まり本人たちが帰れば「バカな夫婦」と毒づく始末。
新しい里親の家に行けば、里親夫妻もその家に元からいた5人の里子たちもビリーを暖かく迎え入れるいい人たちばかりなのに、人を信用することができないビリーは「家族なんか必要ない!」と攻撃的な態度をとってしまう。

そんなビリーの様子は、商売一筋なあまり周りの人間から冷血漢と恐れ疎まれるスクルージと重なる。shazam01

過去の精霊

しかしそんなやさぐれ少年ビリーにある日不思議な出来事が起こる。
学校のいじめっこに仕返しして逃げ込んだ地下鉄の駅で、奇妙な列車に乗り込み見たこともない城のような場所に迷い込んでしまうのだ。

そこで出会ったウィザードと名乗るヨボヨボの老人に「後継者として魔法の戦士を選び出すため、純粋な善人を探している」と告げられ、魔法で過去を覗き見られるビリー。
万引きしたり車泥棒したりと荒んだ半生がフラッシュバックして、ウィザードに「お前は戦士に相応しくない」と一度は見放されてしまう。

当のビリーもダメ押しするように「今どき純粋な善人なんて存在しない。いい人間でいようとしても周りの人間に引きずり下ろされるだけだ」とうそぶくが、ウィザードはその言葉に善の残り火を感じ取り、「素質がある」としてビリーに魔法の言葉を授ける決意をする。

ウィザードに促されるままビリーが「SHAZAM」と叫ぶと、小柄な少年の身体から一瞬で筋骨隆々の大人の姿へと変身し、飛行能力や怪力を初めとする無限のパワーを持つ魔法の戦士『シャザム』となったのだった!

…と普通にあらすじを語っちゃったけど、つまりここでビリーの荒んだ過去を覗き見たウィザードが、クリスマス・キャロルにおける『過去の精霊』にあたるのではないかと思う次第。shazam02

現在の精霊

では『現在の精霊』は誰か?

ビリーの新たな里子先の義兄弟たち、その中でも特に、心を閉ざしたビリーに悪ぶりながらも親身に接してくるフレディ・フリーマンがそれに当たるんじゃないかと考える。

それぞれ過去に傷を抱える5人の子供とその里親夫婦で構成されるバスケス家は「普通の」とは言えないが、暖かい理想の家族として描かれていて、クラチット家を彷彿とさせる。その家族から距離を置こうとするビリーに対し、「バスケスさんたちはいい人だよ」と橋渡しを試みるフレディはまさに『現在の精霊』の役回りに思える。
(ついでに言えば脚が不自由で杖をついてるフレディはタイニー・ティム的でもあるし、義兄弟の末っ子ダーラをビリーが「タイニー・ティナ(多分女の子なのでもじったのかな?)」と呼ぶシーンもあったりする)shazam03

未来の精霊

さて最後に現れる『未来の精霊』は?

これはしばらく該当者が思い浮かばず悩んでたが、ふとブラックアダムがそうなのではないかと思い至った。

ブラックアダムはビリーがシャザムの力を与えられるより遥か昔、古代エジプトでウィザードの戦士に任命されていた元ヒーロー。しかし虐げられた祖国の解放を熱望するあまり力を暴走させ、悪に堕ちたと見做されウィザードに封印されてしまう。
Dr.シヴァナの手で封印を解かれ現代に蘇ったブラックアダムは、シャザムとなったビリーの前に立ちはだかり、自分こそが正統なる戦士だと告げ、その力を奪おうとする。

シャザムと鏡像のような存在であるブラックアダムは力に精神が溺れた未来のシャザムの姿であり、不幸な境遇に心を閉ざし続けた未来のビリーの姿とも言えるのではないか?shazam04

3人の精霊との出会いがビリーにもたらす変化

クリスマス・キャロルのテーマは『変化』。

スクルージはクリスマス・イブの一晩で何十年分もの過去と未来を経験したが、ビリーもクリスマス前の数日間に起きた目まぐるしい出来事の中で、少しずつ、だが確実に変化していく。
そして周りから自分を守るために隠していた、本来ビリーが持っている美点も少しずつ明らかになっていく。

クリスマス当日を迎える時、ビリーはどんな風に変わり、また変わらないのか?

それは是非読んで確かめてみてください。
クリスマスに読むのにふさわしい作品であることは私が保証します。


おまけのトリビア

・ 現在の精霊の段でフレディがタイニー・ティムを連想させると書いたが、これはフォーセット・コミックスで最初のキャプテン・マーベル誌が連載されていた頃から言われていたようで、キャプテン・マーベルの生みの親のひとり、C.C.ベックもフレディがタイニー・ティムに似ていることに言及している。

・The New 52には登場しないが、それ以前の設定ではビリーには業突張りの伯父がいて、両親が死んだ後伯父に遺産を巻き上げられ家を追い出されることになっている。その伯父の名がエベネザー・バットソンであり、性格と役回りからエベネザー・スクルージから名前を取ったものと思われる。